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著者の本音

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TOP > 西野博道氏のページ4

社長をやっている人は皆、行動的

山崎:人生の波を乗り越えられたのは、常に行動的であったからだと思うんですが。

西野:そうですね、もともと行動的であった上に宣男社長が朝のミーティングでさらに拍車をかけてくれたんで。
私だけでなく社長をやっている人は皆、行動的なはずですよ。行動的でなければサラリーマンが一番楽ですよね。
良くも悪くも行動的だから羽目をはずして行きすぎちゃうんですよ。私も1億円の借金作ったのも博打とか女じゃなくて、商売で作った1億円ですからね。いろんな事業をどんどんやって。「俺がやれば上手くいくのが当たり前」だと思っていましたから、やればやるほど儲かると。

山崎:必ず気づく時が来るんですよね。

西野:気付いた時はね、もうブレーキを踏んでもスカスカでブレーキが利かないですね。
まず自分のプライドがあるので、隠そうとしますよね。それで何とかしようとする。そうするとますますダメになって、どんどん深みにはまって行きましたね、私の場合は。もう駄目かなと気付いたんですけど、これは例外なんだと、もっとやればまたこの損失は挽回できるんだとまたやる、今度は上手くいくと思ってまたやる。1,000万円を10回やれば1億円でしょう。だから1億円の借金なんてすぐできますよね。
それを年商2億の会社がやったんでもう債務超過。
倒産はしていないんですよ、不渡りも出していないし。出していないというか松下電器は全部ジャンプしてくれましたからね。倒産もしていない自主整理。だから迷惑をかけた人はいない。全部きれいに返しましたから。
でも宣男社長に出会っていなければもう返せないで破産していたか、とんずらしていたでしょうね。一番簡単なのは破産でしょうから。

山崎:もしそのとき、破産されたとしても次のビジネスに挑戦されていましたか?

西野:どうでしょうか。していたかもしれませんね。破産しても挑戦していたかもしれませんね。ただ非常に後ろめたいでしょうからね。いろんな人に迷惑かけた状態で逃げているわけでしょう。決していい人生じゃないのかもしれない。でも、そうせざるを得ない人もいるでしょうけどね。
まぁ、破産してまた立ち直った人もいるし、一概に言えんですけど、どうなんでしょうかね、ちょっとわからないなぁ。

密度濃く 家族サービス

山崎:家族と仕事のバランスはどのようにお考えですか

西野:社長をやっている時は、ほとんど家族とのふれあいは無かったですね。

山崎:仕事や付き合いが忙しくて?

西野:そうそう、仕事があるし、いろんな会の役をやったりね、「いい格好しい」ですよ。
会の役やると偉くなったように思うじゃないですか、理事長とか。

山崎:福岡では、お子さんが大きくなるまで単身赴任を経験されていましたが。

西野:「やずや」では基本的に日曜、祭日は休みですから。そういう意味では通信販売って業種は時間が確保できるので良いですよね。お客さんが、日曜日に会社に買いに来ないですからね。「やずや」に入ってから、息子も中学生になり、中学3年間は休みに帰ると毎週釣りに行っていました。ちょうどブラックバスのルアー釣りが流行っていてね。
その代わり1週間のうち、ほとんどはいないですからね。その分、密度濃く、下関に帰った1日は家族サービスをしました。

商売やっているよりピッタリくる

山崎:「やずや」に入ったことは全てに関して良かったわけですね。

西野:そうですね、全てに関してよい方向に向かっていますね。私の名前は「西野博道」ですよね。「西の博多で道をきわめる」と読めるんですよ。下関のちょうど真西が博多になるんですよ。私が下関にいる間に1億円の借金ができたんですよ。宣男社長と博多で出会って、良くなってきて。
これは、私が言ったんじゃなくて、友人の下関唐戸魚市場の松村社長が言ったんです。
「西野さん、いま福岡にしょっちゅう行っているけど、ひょっとしたら西野さんは福岡で変われるんじゃないの?」
「なぜなの」
「西野さんの名前は、にしのはかたのみちだから(西の博多の道だから)」
「そうか!西の博多で道を極めるか」

他にも私は、30代後半の非常に商売が上手くいっている時に、占いをやっている人に言われたんですよ。「西野さんは商売向かないんですよ。」と。僕はそのとき商売をバンバンやっていたんですよ。僕は商売やるために生まれてきた男だと思っていた。でもその人は「西野さんは商売をするんじゃなくて教育、教育者なんですよ」って。教育っていったって僕は学校の先生じゃないし、会社の社長だし、そのときは、なんか変なこと言うなと思っていたんですよ。でも今、社長をしている未来館は「やずやグループ」の教育機関なんですよ。セミナーもそうでしょう。まさにいま教育をやっているでしょ。自分では、商売やっているよりピッタリくるんですよ。

文化は真似ができないんですよ

山崎:この本を読まれた方の感想はいかがでしたか。

西野:「やっぱり、やずやさんは真似できないですね」って言われることが多いですね。

山崎:そういう声について、どう思われますか。

西野:先ほど話したように宣男社長が、しゃべって真似されることはノウハウではないんだ、ってことを僕はずっと言われたんですよね。だからしゃべって真似されないことを作っていかなくてはいけないんだと。そういう意味で宣男社長と美世子社長で作ってこられた「やずやの文化」ができているんだろうなと。
私はそのまま書いただけですが、その辺を伝えられたのは良かったなと思っていますね。それが本当に文化ですよね。文化は真似ができないんですよ、いろんな手法とかは真似できるんですよ。真似ができないから文化なんですよね。
いま、宣男社長を直接、知っている社員は10人もいないんですよ。いないんだけど文化が根付くと、上の人が代わってしまっても、そこの文化に染まってしまう。いい意味でも悪い意味でも染まる、今はいい意味で染まってくれているわけですよね。

山崎:となるとこの本を出した目的は達せられたと。

西野:そうです、特に最初の本(やずや流経営法)ですよね、出してよかったなと思います。これが無いと宣男社長の話はほとんど出てこないでしょうね。

「西野さんっていう人が昔いて・・・。」

山崎:本を書いていなければ、現在の「やずや」は無かったかもしれない?


西野:いや、そういうことはないとは思います。
ある程度、広告宣伝をうてば、売上は上がるものです。ただ、今のように組織も磐石でなく、今ほど「やずや」は、注目はされていないかも知れませんね。
通販会社で「やずや」より売上が高いところはいっぱいあるんですが、なぜか「やずや」は評判がいいんですよ。
それはやっぱり社員一人一人の努力でしょうね、社員がお客さんにも見えているし、いろんな人にいろんなことが見えているんですよ。 見えているのに真似できない、同業者は同じような情報誌を作ればいいんですよね。 社員が載っている情報誌は作れても社員は作れない、ああいう動きをする社員を。社員はロボットじゃないですから、その社員が育ってくるひとつのきっかけにはなりえたかなと。 私が「やずや」にいたことが将来、語り継がれていけばいいかなあと思っていますね。

聞き手
貴方の応援団長 山崎 耐忍

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